まず、福田恆存の言葉を紹介します。
“私はこれを書きはじめるまですでに百枚近くも無駄にしております。二十枚位までがやっとで、それから先を書きつづける気がなくなり、改めて別の入り口から書きはじめる、そんなことばかりやっているのです。”
福田恆存「私の国語教室」
これ、まるでSNSやブログの投稿、ラインのやり取りで「書こうとしてはやめる」の繰り返しに似ていませんか?
書きたい気持ちはあるのに、途中で嫌になってしまう。
では、なぜそうなるのか?
福田恆存は 「それは読者の側に問題がある」 と言っています。
“私の筆が進まない理由は、これから書こうとする内容にあるのではなく、また私自身における意欲の不足にあるのではなく、私が語りかけようとしている人たち、手っ取り早くいえば、一般読者の側にあります。”
福田恆存「私の国語教室」
「自分の問題ではなく、読む人の問題?」
そう言われると、自分勝手で横暴な感じがするかもしれません。
しかし、その理由をさらに読んでいくと、納得させられる部分がありました。
読者を意識しすぎると、筆が止まる理由
“一般読者といっても、これが発表される雑誌の性質と私の職業から考えて、それは文学に関心を持つ読者といっていいでしょう。私はそういう読者を頭において書きはじめる。そうすると、決して二十枚近くまでいくと、厭(いや)になるのです。”
福田恆存「私の国語教室」
福田恆存は、「書き始めると、相手が本当に読んでいるのか不安になる」と言います。
“書く気力を失う。それは一種の劣等感に基づく不安なのであります。すなはち、書きはじめるて暫(しばら)くすると、相手が私の話を聴いていないのではないかという不安が頭をもたげてきて、それが大抵二十枚くらいで最大限度に達し、うんざりして筆を投げるというわけです。”
福田恆存「私の国語教室」
これは、発信しようとすると急に 「これは誰に届くのか?」 が気になってしまい、
- 「これ、みんな知ってることじゃない?」
- 「読者にスルーされるんじゃないか?」
- 「そもそも私が書く意味があるのか?」
と不安になる状態に似ています。
それにしても、このレベルの人でも、そんなふうに感じるんだな… と驚かされます。
読者を選びたくないという葛藤
“私は読者を選びたくはない。それどころか、おそらく国語や国字の問題に関心を持たないであろうそういう読者にこそ、これを読んでいただきたいのです。”
福田恆存「私の国語教室」
ここが、最も共感した部分です。
「特定の知識層だけが読む文章」にしたくない。
でも、実際に読むのは「その内容に関心がある人ばかり」という現実。
だからこそ、どう書けばいいのか迷う。
どの言葉を使えば、「関心のない人」にも届くのか。
「読者を意識しすぎることで、言葉選びに難航し、筆が止まってしまう」
というのは、まさにこのジレンマによるものだったのだと気づきました。
「結局、どうすれば書き続けられるのか?」
書き続けるために、まずは “誰に向けて書くのか” を決めることも一つの方法です。
実際、福田恆存さんも規定することで文章を進めています。
“そこで私の自分の心構えのためにも「私の国語教室」の読者を次のように規定します。
一 作家・評論家・学者・その他の文筆家
一 新聞、雑誌・単行本の編集者
一 国語の教師
一 右三者を志す若い人たち”
福田恆存「私の国語教室」
ブログ等のどういう人にオススメ!みたいに書いているのは書く側としての心構えとしても役立ちそう。
試行錯誤の末に、私は最終的に『自分が感じたことを優先する』という姿勢を持つようにしました。
もちろん、読者のことは意識する。
けれど、「どう受け取られるか?」を気にしすぎると、どこまでも筆が進まなくなる。
だからこそ、
- 書きたいことをまず書く
- 誰に届くかはあとで考える
- 「書くことそのもの」を楽しむ
このスタンスでいたほうが、結果的に「届くべき人」に届くのではないか?という考えです。
福田恆存の言葉を通して得た気づき
書くことは、単に「言葉を並べる行為」ではなく、
「誰に、何を、どう伝えたいのか?」を常に考え続けることでもある。
だからこそ、時には筆が止まる。
でも、それは「書くこと」に真剣に向き合っている証拠でもある。
福田恆存が「何度も書いては消した」ように、私たちも書きながら迷い、考える。
それでいいのだと思う。
だからこそ、これからも書き続けます。
余談:『私の国語教室』について
福田恆存の『私の国語教室』は、歴史的仮名遣いを知るにはとても良い書籍 です。
現代仮名遣いとの違いも学べるだけでなく、「なぜこう読むのか?」という疑問を深く掘り下げることができます。
私自身、学生の頃にこの本と出会いたかった と思いました。
当時、歴史的仮名遣いに苦戦しながら文学を読んでいたことを思い出します。
「これがあれば、もっと楽だったのに…」 そう思わずにはいられません。
仮名遣いに興味がある方、言葉の使い方について深く考えたい方には、ぜひ読んでみてほしい一冊です。
