【擬音短編集】ぎっちら、ぎっちらこ

私は古い民家を探して、移り住もうとしている。
片田舎で、古い民家でゆったりと過ごすことを夢見た私は、物件探し中だ。

今回紹介された民家も、随分と古い家だ。

床の上にのると、ぎぃっと音を立てる。不動産屋さんは手慣れているのか、ぎっちらえっちら、床の板をきしませながらリズムよく歩いていく。

なんだかその音がずいぶんとかわいらしく思えて、この音に愛着が持てそうだ。

しかし、これが全面に響き渡るのは困るなぁ…。

「床はもうだいぶ古いんで、全部変えた方が安心ですよ」「ですよねぇ…。」

不動産屋さんも同意見である。しかし、このぎっちらえっちら響かせる音の心地よさは何とも言えない。なんだか、船の上を漂う心地よさである。

ここの民家は、河が近い。

静かなこの地域では、耳を澄ませる川の音がわずかに聞こえる。しかも、この民家の縁側は河に面している。昔の人々が、河を渡る時の、船の音を感じながら、この縁側を過ごすのも悪くない。

「ここの縁側だけ、床は変えずにお願いします。」

「わかりました。」

ここはいい場所だ。

それ、ぎっちら、ぎっちら、ぎっちらこ。

聞こえない船の音が私の耳に響き渡る。

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