【擬音短編集】びたびたと染みる

「通り雨にしては強すぎるよぉ~!」私はお店の前に駆け込んだ。

そして、びたびたになったマフラーをほどいて、マフラーの状態を確認してみる。

これは…。何ともひどい状況だった。

カシミヤの生地が台無しと言わんばかりにびたびたに濡れている。
「びちゃびちゃ」と濡れているというよりも、びたっと張り付くように濡れていて、手のひらで叩いたらきっと、ペチンッと水の音が鳴るに違いない。

お気に入りのマフラーにそんな仕打ちをしたくはないので、やらないけど…。

後は帰るだけだから、雨が止むのを待ちたいところ…。
でも、この状態だと身体冷えるしなぁ…。と思ってぼんやり眺めていると、お店の人が出てきた。

「よかったらタオル貸してあげるから、店入りな。あったかいお茶出したげるから」
何とも気前のよさそうなおじさんが私に声をかけてきた。

この冬の空で冷え切った身体にはありがたい提案なので、お言葉に甘える。

「ありがとうございます」そういって、私はお店の中に入った。

――なかなか風情があるお店だ。
何年も多くの人が行き来したであろう、擦り減った床に、テーブル。キッチン回りの壁は揚げ物の油をべたっと塗ったように、べたつきを感じさせる壁だった。

店内の様子をみていると、お店のおっちゃんがタオルとお茶を持ってきてくれた。

「はい。お茶とタオルね」
「ありがとうございます。寒かったのですごく助かりました」
「いいってことよ。結構冷えるからね。体大事にせんと。」
「そうですね。何か注文してもいいですか?お腹がすいちゃって…。」
「あいよ。メニューは壁に貼ってるからそれ見て選んでね。」

小腹程度は空いているけど、実はそこまでお腹が空いているわけではない。
こんなにも優しくしてくれたのだ。すこしばかりお店に貢献したいと思った故の発言だ。

壁のメニューを見ていると“一番人気!カツ丼!”とデカデカと書かれていた。
「じゃあ、カツ丼を一つお願いします。」「カツ丼ひとつね。」おっちゃんは伝票を書かずに早速調理に取り掛かる。

お店にはおっちゃんと私の二人だけ。昔はここにも沢山の人が行き来してたんだろうなぁ…。
最近、お店の内装が綺麗なところばっかりいってたから、他の人も同じなのかな。そう思うともったいないことしてるな。私。とぼんやりと考えを巡らせていると。

「はい。カツ丼ね」そういって差し出されたカツ丼は、どろっとした半熟卵でとじられたカツ丼だった。
カツ丼でも、びたびたに汁に浸った感じのものもあれば、べたぁっと油を感じさせるものもあったり、色々ある。

その中でも、ここのお店の感じは、脂っこさを感じさせない、少し出汁をすった程よい柔らかさがあった。

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